フルーティー橋本のお気軽映画評論
ミニシアター系を中心とした映画評論、感想
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映画評論、感想「紀子の食卓」
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原作、脚本、監督 園子温
出演 吹石一恵 つぐみ 光石研 吉高由里子

 「自殺サークル」、私はこのDVDをTSUTAYAで手に取り、裏返してはそのあらすじに恐怖感を覚え、棚に戻すということを何度行っただろうか。園子温、という監督の名は「自殺サークル」のDVDを裏返したおかげで知っていた。

 「紀子の食卓」は映画館で予告は何度も見ていた。「女子高生」、「自殺」、「飛び散る血」が印象に残っていた。昨日はスカッとした映画を見たので、少し重そうな映画が良いなと思い、私は「紀子の食卓」を借りた。

 映画が、始まった。
 
 紀子(吹石一恵)は愛知県豊川市で父徹三(光石研)、母、妹ユカ(吉高由里子)と一緒に暮らしていた。
 紀子には親しい友人はいない。そして、両親からも理解されていなかった。そんな時、紀子は廃墟ドットコムというホームページで上野駅54(つぐみ)という人に出会う。紀子は次第に上野駅54に実際に会ってみたいと思うようになる。ある日、停電になった夜、紀子は決心する。「東京に行こう、上野駅54さんに会おう」と。
 東京で紀子を待っていたのは、家族だった。

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 とんでもない映画を見てしまった。そう思った。
 何故今まで、園子温監督の作品を見なかったのだろう。

 この映画が意図していることの一つとして、我々が定義する「幸せな家族」についてのアンチテーゼが挙げられる。
 「幸せな家族」とは何だろうか。いつも笑顔で、食卓では笑いが絶えなくて、たまには喧嘩もするけれども、すぐに仲直りして、分かり合える家族、だろうか。そんな都合のいい家族は存在しない。実際の家族はもっと複雑で、分かりにくいはずだ。
 「紀子の食卓」に出てくる人物の多くは現実を受け入れず、「幸せな家族」の世界で生きようとする。偽物の世界と分かっていても、その方が楽なのだ。
 
 虚像と実像、仮想と現実。

 レンタル家族の客もレンタルで家族として振る舞う人々も同じである。短時間、「幸せな家族」の一人であるということが、だ。
 
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 この映画の意図していることの二つ目として、社会の中で常に我々が負っている「役割」へのアンチテーゼが挙げられる。
 この「役割」は勿論上記の「幸せな家族」として過ごすための「役割」をも含んでいる。
社会は弱肉強食である。誰かが強者の「役割」をし、誰かが弱者の「役割」をしなければならない。誰も弱者にはなりたくはない。しかし、社会には弱者は存在しなければならない。誰が弱者の「役割」を負うのだろうか。

 みかんちゃんという登場人物がいる。紀子と小学校時代の同級生でイメクラで働いている娘だ。イメクラは客の求めるシチュエーションを演出し、性的なサービスをする場所だ。そんな所に勤めていても、みかんちゃんは昔と同じで明るい。
 そんなみかんちゃんも紀子が家出したあと、イメクラを辞めたような表現がなされている。みかんちゃんもイメクラ嬢としての「役割」に疲れてしまったのかもしれない。そして、イメクラ嬢として働きながらも、みかんちゃんとしての「役割」を負うことに疲れてしまったのかもしれない。
 イメクラとレンタル家族、客の求めるシチュエーションを演出する点で共通している。紀子はみかんちゃんに憧れを抱いている。「役割」としてのみかんちゃんにであろう。みかんちゃんはこの映画にとって実に象徴的な存在である。
 

 終盤からラストまでの展開について、観る人によっては、捉え方は様々であろう。

 この映画ほど、後に引く映画があっただろうか。ずっと、この映画の意味について考えている。
 
 何故この映画を映画館で観なかったのだろう。心残りだ。
 観てない人には観ることをお薦めする。ただし、精神状態が良いときの方がいい。悪いと、耐えきれないかもしれない。

 なお、出演者についてだが、つぐみと吉高由里子が特に素晴らしい。つぐみは「ハッシュ!」で頭がおかしい女を演じていたが、今回もまた種類の違ったおかしい女を見事に演じている。吉高由里子は女子高生の役を自然に演じている。また、終盤の演技が凄い。見たら分かる。

 「紀子の食卓」:この映画は重い、とてつもなく重い。心臓を握り潰されそうな重さだ。
  評価:みかん5個

 ※ネタバレとなるが、終盤からラストにかけての自分の理解について下の方に書いておく。観てない人は読まないように。

紀子の食卓 プレミアム・エディション
ジェネオン エンタテインメント
発売日:2007-02-23


 ステージの高い「役割」、それは依頼者のために死ぬこと、そして、この社会のために死ぬことである。
 クミコはステージの高い「役割」を果たそうとしていた。そう、妻として、心中を受け入れるのだ。
 クミコはコインロッカーで生まれた。「幸せな家族」でなく、「家族」を知らなかった。
徹三は「家族」を取り戻しに来ていた。本当の父親と本当の娘達。「家族」とは何なのか。妻として、自分が家族の一部として存在する。

 徹三は「家族」を、娘を取り返したかった。今娘達が、妻が目の前にいる。徹三は言う。「全てをやり直したいんだ。もう一度やり直そう。生まれ変わろう。」

 ミツコは言った。「私は紀子じゃない。ミツコ。」お母さんが言う。「紀子ちゃん。」ミツコは紀子になる。

 少女は言った。「みんな楽になりたいだけ。」

 妹以外は「幸せな家族」となった。「幸せな家族」を演じ続ければそれが現実だ。

 「みんな楽になりたいだけ。」
 
 妹は妹でなく、「役割」を演じる誰かでなく、ただ、「自分」として生きることを選ぶ。その先には幸せがあるのか、分からない。
 紀子となることを選んだミツコ、ユカでもなくヨウコでもないものとして生まれ変わることを選んだ少女、あなたはどちらに共感するのだろうか。

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2008/08/25 (月) 18:16:04 | URL | #-[ 編集]
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今日のc:紀子の食卓 ★★★★★これは・・・・・・園子温 の大傑作。つぐみがすごく大人になっててびっくり。吉高由里子も今後大注目だ。心身ともに、完璧に調子がいいときに見てください。いろいろ喰らわされます。2時間半の長丁場ということよ...
2007/07/18(水) 16:14:36 | ★目にみえるもの みえないもの★
紀子の食卓 久し振りに閉口してしまった。 「あなたはあなたと関係してますか?」 こう問われてなんと答えるだろうか。 オレがオレと関係するとはどういうことだ?オレはオレとして生きているのだが、関係しているということとは意味合いが違う。 オレがオレを第三者
2007/07/18(水) 20:52:18 | 私的映画評論空間
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